2013年12月8日日曜日

自家製の意味

某大手新聞社の記事「鮮魚盛り→刺し身盛り…外食チェーン、相次ぐ表示見直し」には驚いた。

ここには「外食産業の常識」が図式化されている。

今後の表示は「自家製ソーセージ」や「とうもろこしの自家製ポタージュ」「自家製」を取ってただの「ソーセージ」や「とうもろこしのポタージュ」にしたらしい。

これは、ファミレスのチェーン店の話だ。

個人的には、ファミレスなどは絶対行かないからどうでもいい話だけど、これは誇大広告にしてもやり過ぎだろう。

でも消費者が「自家製」が「うまい」というと考えているのなら、大ばか者だ。

「自家製」が旨いと思われているのは、単純にそれに使われている食材が新鮮だからだ。

そもそも、なんで手作りするのか?

その人に必要だから。
高い工場製品を買わなくていいから。
そして何よりうまいからだ。

自分で作るなら、味をごまかすような合成調味料、保存料、殺菌剤は使わない。

だから「旨い」のは結果であり、大企業だって作ろうと思えば作れる。

でも、味が一定しない。
それに、保存料をいれなければ廃棄率や食中毒のリスクも上がる。
そんなことではビジネスにならない。

自分で作ると良くわかるが、毎年作るゆずジャムなんて手に入れるゆずの味でかなりぶれる。

「自家製」が「安全」とか「美味しい」というイメージを持つ消費者は、もう少し利口になる必要がある。

自家製を食べる人間は、自分の作るものに責任を持ち、それを食べる人間とも信頼関係がある。

誰かから食べ物を貰って、それを食べるということは、作ったその人を「信じている」から食べるのである。

だから「自家製」を手に入れるのは友人だけだ。
小さな企業がビジネスを始めれば、彼らを支える消費者もまた友人だ。

金を払うのは原価ではない。
金は、彼らへの信頼と彼らの能力、労働力への対価だ。

信頼がなければ手に入らないのだ。

「自家製」と呼べるような食べ物は、大企業が低価格で提供できるようなものでは決してあるはずがない。

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