2020年4月1日水曜日

ポケットのメレンゲ

このブログ、公開した後店に寄ったら、シェフがもの凄く喜んでくれた。
「これ、俺が言いたいこと、まんまだよ」と。

それを聞いた私の喜びは、メガトン級だった。
だって、当の本人に言いたいことが伝わったんだから、これ以上の至福は無い。

他の人がどう思おうが関係ない。
本当に伝えたかった人に、その思いが伝わった。

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2019年1月27日
 先日、夜遅く、オランジュに寄った。もちろん、まだみんな働いており、宴会後のテーブルセッティングを直している。でも、中の雰囲気はほっとしている。お客様は皆さんすでにお帰りになっている。

ディナー前に寄る時の雰囲気とはまるで違う。開店前は、とてもぴりっとして、背筋がシャンとなる雰囲気だ。「戦闘前」という感じだろうか。

そんな「戦闘後」の空気を感じても、仕事の邪魔しないようにすぐ帰ろうと思ったが、「入っていきなよ」とシェフが言う。なので、ちょっとだけ立ち話をした。帰り際に呼び止められて、メレンゲをいくつか渡された。

以前にも食べたことがある。イベントで時々作っていた。今回も何かのイベントのために作ったから、いくつかおすそ分けしてくれた。

ペーパーナプキンに包みながら、メレンゲの素材についてシェフと話した。

メレンゲの材料は、卵白と砂糖だ。そして、卵白は食品業界では「あまりもの」だ。
たとえば、マヨネーズを作る会社が使う卵の量は半端ない。しかも卵黄しか使わない。だから、余る卵白は業務用材料として冷凍で売っている。しかもかなり安い。

だから「卵」を買わなくてもメレンゲはできる。

ある時期、シフォンケーキがブームになったことがある。このケーキもまた大量の卵白でできている。つまり、原価を安く抑えることができるから、沢山売れれば利益率は、ショートケーキの非じゃあない。しかも商品の値段も安い。「安いケーキ」だから消費者もつい買ってしまう。

冷凍卵白のメリットはそれだけじゃあない。卵を割って、卵黄と分ける手間も不要だ。計量だって簡単だ。

そんなことを「(ビジネスなら)そういう業務用材料を使うことも当然ですよねえ。」みたいなこと言ったらシェフも同意した。そして、ぼそっと言った。

「でもね、僕はまだいいわ。」

意味が解らず、聞き直した。

つまり、自分が作るものは「袋から出る卵白じゃなくて、卵の卵白」を使って作る、ということ。シェフとして、自分の仕事はレストランはもちろん、どんな時も「卵」を使う、という「主義」の意思表示だった。

でも、その口調にこんなニュアンスを感じた。

「業務用素材が手軽に手に入るこの「時代」を理解しているけど、利益だけ考えて割り切れる自分じゃないし、しょうがないよなあ。」

自分が納得ゆく素材でしか料理しない。頑固だ。でも、味と安全に関しては、絶対的な責任感をもって仕事をするプロだ。だから、彼の作るものはすべて、味わうことに没頭できる。

そんなシェフの考えは、仕事を効率と金額でしか考えず、目立つことで儲ける、というSNS時代には絶滅危惧種的なものだろう。でも、本質的な「美」がそこにある。

メレンゲは、作ったすぐより日数を置いた方が甘味はまろやかになるらしい。ポケットに入れた極上のメレンゲは3日後に食べた。目立つこと、効率、そして価格を「判断基準」にする外食産業の行き先に思いを寄せながら。

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彼が、私に聞いた。「このブログ、書くの時間がかかったろう?」と。
確かに、いつもより時間がかかった。何故なら彼を「時代遅れ」と傷つけたくなかったから。私が感じた彼なりの今の時代の「受け入れ感」を表現したかったから。

メレンゲを見る度、彼の喜んでいた顔が目に浮かぶ。

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