2020年3月30日月曜日

上品な「ジビエ」

冬の数カ月だけ、シェフは知り合いから鹿肉を手に入れて一皿にしていた。
それまでも、鹿肉を食べたことはあるし、地元にいればそれほど珍しいものでもない。
それでも、シェフが「美味しい」と言う「鹿肉」なのでコースを食べに行った。
これは、そんな鹿肉を食べた後に書いたもの。

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2019年2月03日

「ジビエ」は「野性味があふれる個性ある味」というのが大半の人が持っているイメージだと思う。

北海道の田舎で育てば、鹿の肉を食べる経験だって少なくない。ただ、そこから学んだことは「鹿肉は固い」ということだ。この独特の匂いのする固い肉を「ジビエ」と呼ばれていることを知ったのは、それを最後に口にしてからかなりの年月が経っていたと思う。

だから、シェフとの会話で「ジビエのシーズン」だから「とても美味しい鹿肉が入った」話を聞いた時も、それほど食欲は刺激されなかった。でも、鹿肉大好きな友人がいるのである夜、一緒にコースディナーを食べに行った。

素晴らしいコースのメインに出た。鹿肉だ。大きなひと塊だ。

鹿肉が固いのは知っている。
だからスライスしようとナイフを肉に当てて力をいれたら、驚いた。

「やわっ」という感触。

「これが鹿肉?」という疑問しか頭に浮かばない。
スライスしようとすると赤身の肉がふるふるゆれる。

しかも、お肉には獣臭さも「ガツンとくる野性味」も何もない。油分がほとんどないから「霜降り」の真逆だ。赤身だけのしっかりとした肉。口に入れればほんのり肉の「風味」が広がってゆく。「鹿」と聞いていなければ「これ、なんのお肉?」と聞いていただろう。

それほど上品な味だ。

シェフ曰く、ハンターが仕留めた後の処理を知っているかどうか、で肉質が決まるとのこと。それに加えて、肉の処理や焼き方を知る彼だからこそ、この柔らかい「ジビエの一皿」になる。

この一皿を食べて、初めて「ジビエ」という言葉の「特別感」を理解したような気がする。



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この一皿を食べた時のショックは、食べ終わってからも続いた。
ともかく、この柔らかい肉が「鹿」とは信じられなかったから。

アーティストもそうだが、有名になるのはほとんど人生の後半だ。
何故なら、油絵でも彫刻でも、表現の技術が身に着くはそれほど時間がかかるから。
ピカソが天才と言われるのは、その技術が16歳ですでに確立されていたから。
情熱と技術が同時に得られるタイミングなんてほとんどありえない。天才とは神がそれを与えたアーティストだと思う。

彼の調理技術は、多彩な経験に裏付けされていた。だからこそ、至極の一皿を作り出せていたのだ。
これからも鹿肉を食べることがきっとある。でも、これを超える一皿に出会えるとは思えない。

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